中国旅行記25 寝台列車の果物売りと懐かしき紹興の街並み
14時間の揺られ旅。
通勤電車なら眠くなる振動も、寝台列車なら目が覚める。車窓からの街並みを眺めていだけで、旅の記憶が増えるから。
杯化を出発して、約10時間。次の紹興まで、もう4時間しか揺られていられないのか。
寝台列車の朝ごはんと紹興の街並み
残金これだけ…。
あんなに束だったお札も、残すところあと僅か。ただ実際はほぼ10元札で両替していたため、総額はそれほど多くない。
ただお札が少なくなると、なんだか寂しくなってくる。ここは次の紹興に到着したら、少しお金を下ろさないといけないかな。
そして最終日の上海では、きっとハイクラスな散財ナイトになるだろう。そう考えると、少し節約に意識を向けるべきかも。
にもかかわらず、健康的に腹ペコだ。折角の寝台列車だから、朝の食堂にでも繰り出そうかな。
そう考えていると、ふと部屋の入り口に気配を感じる。もしかして、乗車券のチェックかな?
すると部屋の入り口には、何かのカートを押す方が。そして室内の私たちに向かい、選手宣誓の様に挨拶をする。
朝ごはん、食べたかいっ!?
そんな中国語と共に、彼は手招きしてくれる。するとその手が押すカートには、多数の魅力的な食べ物が積みまれていた。
果物売りだ!
カートに山積み込まれた、パッケージを突き破って甘く薫るチャイナフルーツたち。しかも一つ10元(約170円)と、最高にお安い。
あぁ、何て救世主なんだろう。列車の朝ごはんといえば、確かに果物一択じゃないか。
好きなの取りなよ!と彼に促され、美味しそうな果物に思わず手を伸ばす。写真も撮りつつ果物にも手を出す、こんな欲張りな構図が許されるのか。
どんな果物かは不明だが、この緑の子に心を奪われる。大小5つも入っているのに170円とは、ぼったくる気がないにも程がある。
おやすい。今なら、30元でも全然買ってしまう。
何故ならこの閉鎖空間には、他に自動販売機などがないから。食堂か果物か、空腹を満たすものが二択しかないんだ。
地元のゴルフ場の自動販売機は、ジュース1本320円だったのに。今なら高額でも買うよ!という商売チャンスを、この国はことごとく見逃している気がする。
しかしそんな事より、先ほどから一つ気になる。それは私達に明るく話しかけてくれる、この男性である。
とにかく明るいのだ。LEDかと思うほど、抜群に明るく話しかけてくれるのだ。
ある意味果物より気になってしまう、果物売りの笑顔。そのお顔が、もう笑ってしまうほど艶やかなのだ。
なぜこれほど明るいのか。もし果物を売るだけのビジネススマイルなら、その目的を達成した今、真顔になってもおかしくない。
もう果物よりも、この男性の明るさが気になって仕方がない。私は満を持して写真撮っていい?SNSとかに乗せたいんだけど?と、尋ねてみる。
すると彼は全然いいよ!と、私たちに満面の笑顔を披露してくれる。
笑顔すぎる。
こんなに100点の笑顔が、過去にあっただろうか。その目じりの柔らかさは、彼の笑顔人生を物語っている。
もう今春のプラダの広告は、この男性で行くべきだ。この世界一の笑顔に、きっと世界中の人々が癒されるだろう。
なんて素敵な笑顔なんだ!と彼に告げると、嬉しそうにお金を数える。この笑顔は、きっと手に持つお金への笑顔ではないはずだ。
大好きな果物が売れて、最高に嬉しいんだ。常連さんからはクダモノさんと呼ばれ、親しまれているに違いない。
そしてこのクダモノさんの果物が、もう最高に美味しい。食べられるために生まれてきたような、種も見当たらないジューシーな果汁が特徴だ。
もしこれを齧りながら右手に紙袋を抱え、オシャレな街並みを歩いたら…。一体、どれほどイケてしまうのだろう。
きっと想像よりイケてないだろうが、それでも美味しい。5個もあったにも関わらず、瞬時に食べ尽くしてしまう。
日本で果物をあまり食べる機会はないが、この中国の果物レベルは本当に高い。確かにこれほどお安く豊富なのだから、自然に太ってしまうのも納得だ。
そんなクダモノさんの林檎をシャリシャリしていると、不意にアナウンスが鳴り響く。どうやら目的地の紹興まで、あと少しで到着するらしい。
車窓からもその街並みが見え、新しい街にテンションも上がる。そしてこの紹興は、大都会ではないがコントラストが必見らしい。
そしてその必見のコントラストとは、過去と現代。
歴史ある紹興の街並みに被せるように、現代の高層ビルがそびえたつ。その表現の及ばない美の対象が、街を流れる運河に最高に映えるらしい。
つまり昔の光景と今の光景、その組み合わせが堪らないとのこと。そしてその光景が通行手段として使われる河川に、パズルピースのようにピタッとハマる。
なるほど…。最高にイメージできない…。
ただここは、あくまで上海への通過点。半日しかいられない場所のため、どこまでこの街の美しさを堪能できるか、最高に楽しみだ。
近代の美と、過去の美の組み合わせ…。正直全然ピンとこないが、この目で確かめさせていただこう。
タクシーが難しい大都会紹興
13時57分。
14時間の寝台列車も終わり、ついに最後から二つ目の街、街紹興に到着だ。駅のホームは驚くほど閑散とし、駅員も暇を持て余しながら歩いている。
寝台列車の乗客もあまり降りてこず、どうやらそれほど超観光地ではないらしい。確かに紹興と言われれば、お酒かな?という程度の前知識しか持っていないもの。
さらに観光地独特のこんなのありまっせ!的な広告看板も見当たらず、ちょっと寂しさを感じる。ただ本場の紹興酒が飲めるなら、それだけでもう最高だ。
ただ外に出ると非常に広大で、学生や観光客がチラホラ見える。道にはゴミも見当たらず、違和感を感じるほど清潔感のある駅前だ。
そしていつも思うのが、駅前が異常に広い。東京メトロの乗り口と比較したら、1000倍くらい広い気がする。
よく東京でも、中国の方が駅への行き方を探されている。確かにこの広大さが普通だったら、日本の地下鉄の入り口など見つかるわけがない。
あれはまるで、ドラクエの隠し扉。このくらいデデン!とあった方が、 絶対に分かりやすいよね。
そんなことを考えつつ、本日の宿泊先への交通手段を捜索する。ある国は少し遠く、ここは時短を考えてタクシーかリンタクだ。
きっとタクシーを使えば、速攻到着できるはず。ただちょっと距離が短いため、運転手さんに断られてしまうかもしれないなぁ。
そんなことを考えつつ、最も安そうなリンタクに声をかける。平遥古城では一度ボッたくられかけたが、そのおかげで怖そうなおじさんでも余裕である。
運転席でタバコをふかすおじさんに、声をかけて宿泊先を告げてみる。そしてちょっと近いんだけどOK?と、ジャブ程度に軽く尋ねてみる。
……。
……。
(ブーン…)
行ってしまった。
近いからダメ!とか、そういう返事もない。おじさんは、ただ颯爽と走り去る。
どうやら私達は、おじさんの乗車試験に落ちたらしい。漫画のオチのような、寒々しい空気感である。
なるほど…。
やはりこの国のタクシー運転手は、何ともお厳しい。初日から怒鳴られた経験が、ここでメンタルを支えてくれている。
そもそも日本という国が、異常に丁寧すぎるのかも。相方もちこ曰く、台湾でもヘビークレームの大半が、日本人の方だということだ。
走り去るおじさんの愛車を見送り、そして別のタクシーをゲットする。その運転手にも少し渋られつつもねぇお願いっ!!と懇願し、なんとか宿泊先まで連れて行って貰う。
この国のタクシーは、乗せて貰って同然だと考えない方が良い。きっとその方が効率も良いし、強い自分に出会えるかもしれない。
そして到着した本日の宿泊先、紹興錦江之星。
こちらはビジネスホテルでありながら、1泊1人147元(約2.513円)と格安価格。ドミトリーほど安くはないが、素泊まりだけの今夜だけの関係だ。
その入り口もしっかりとして、桂林のドミトリーとは安心感が違う。きっとここはビジネスマンも使う、平均的な宿泊場所なのだろう。
そしてその受付は、もう大都会。受付では、パスポートとクレジットカードの提示も促される。
さらにセキュリティも万全で、写真を撮る私が逆に撮られてしまう。もし近くで犯罪があったら、この寝ぐせ爆発の映像も、警察に提出されるんだろうなぁ。
そして受付では英語も使え、鳳凰とのギャップにドギマギする。日本語どころか英語も耳にし、この旅も終盤なのだなぁと痛感する。
そして2500円にも関わらず、部屋には文明がズラリ。もはやバックパッカーとは、口が裂けても言えない、超快適空間だ。
これはまずい。
大変なバックパッキングだったなぁ!と、友人にドヤ顔したいのに。報告する時、この写真は見せられない。
ただの観光じゃん!とツッコまれたら、もう頷くしかない。それほど日本のビジネスホテルと変わらない、快適すぎるお部屋である。
さらにホテルを一歩出ると、もう言い逃れできない光景が飛び込んでくる。ここはもう中国の奥地ではなく、ただの都会だ。
LOWSONだ。
NEWSONでもLOWTONでもない、全くパクっていない正規店。この紹興という街がいかに発展を遂げたか、もう一目瞭然だ。
もうダメだ。
カラアゲくんではないにせよ、レジ横揚げ物に迎えられてしまった。もはやここは日本と変わらない、ただのお洒落な街なのだ。
いやまて。早急に答えを出しても、何も良くない。
この街の素晴らしさは、現代と過去のコントラストだと学んだはず。つまり私が今見ているのは、この紹興の現代の部分に他ならない。
きっとここから、この紹興の過去の部分が攻め込んでくるんだ。そしてその部分には、自分から向かわないと出会えないはずなんだ。
どこだどこだ…。過去の部分…。
目で過去の街並みを探しながら、紹興の街を闊歩する。もちこもスマホで調べながら、この紹興の歴史地区を捜索する。
KFCやスタバに遭遇しながら、中国の歴史部分をガサゴソ探る。やはり私たちが見たいのは大都会ではなく、過去から研鑽された歴史ある中国なんだ。
全てが美しい鲁迅故里
そして少し調べると、もちこがハッと顔を上げる。どうやら少し歩いた場所に、美観地区的な場所があるらしい。
美観地区!響きがお洒落さんだ!
しかもその場所こそ、紹興最大の売りである歴史と現代のコントラストが光る場所。街を流れる河川から、誠に震える光景が望めるらしい。
慌てて小走りになり、その美観地区へと駆け付ける。するとそこには、やっぱりこれだよと呟く、歴史溢れる街並みが広がっていた。
鲁迅故里。
誰もが名前を拝聴したことがあるだろう、魯迅の故郷。その場所へ通じる、小さな小道。
高層ビルの陰になることもなく、コンクリートから石畳へ変化する。鳳凰と変わらないその光景は、ただいま!と叫びたくなる懐かしさだ。
あぁ、なんて良い感じ。気を抜くとスクーターに轢かれそうな感覚、久しぶりだ…。
学校帰りの小学生が、猛ダッシュで私の隣をすり抜ける。きっとこれから遊びに行くだろう彼らは、魯迅と同じ環境で育ったんだ。きっと賢くなるね。
ちなみに誠にお恥ずかしいが、魯迅先生に関してあまり存じ上げない。ロシア文学に影響を受けられた小説家だとは知っているが、私の知識はそのレベルで閉店だ。
様々な小道に歴史が埋め込まれ、どのルートを歩こうか迷ってしまう。絶対にこっちじゃないと思いながら、小さな小道に迷い込んでみる。
当然すぐ行き止まりになり、地元のおばちゃんに挨拶される。あぁ、こういう目的のない散策って、何て楽しいんだろう。
この小道をずっと行けば、どうやら魯迅の生家に辿り着くらしい。道の両サイドにお土産屋も乱立し、香ばしい香りが漂ってくる。
さらに偉人達の銅像にも迎えられ、お子様が楽しそうに作戦会議に参加中。映画なら彼の立ち位置は、電子系ハッカーと言った感じかな。
そしてふと、小さなお店を発見する。気を抜けば見通してしまいそうな、地元のおじさんがOPENしている個人SHOPだ。
一体、何のお店だろ?遠目からは良く分からず、思わず近づく。
やたら人混みも出来ているし、これは隠れた名店なのかも。もしや魯迅が生前愛してやまなかった、何か特別なお店なのかな。
あめちゃんだ。
確実に手作りだと思われる、ビニール袋に梱包された綺麗な飴たち。その種類は四種類で、思わず手に取って眺めてしまう。
お店のおじさんも気さくに声をかけてくれ、ちょっと食べてみない?と試食を勧めてくれる。ハイパーお婆ちゃんっ子の私としては、なんとも懐かしい味わいだ。
もちこもこの手の飴が大好きなため、リュックに常備したい!と財布を開ける。確かにこれなら、筋トレ前の糖分補給にも最適だ。
もしお値段もお安ければ、ここは是非とも購入させていただきたい。願わくば一袋15元(約255円)以内なら、大人買いさせていただこう。
そう考えて、店主にお値段を確認する。すると柔らかい物腰で、彼は壁に貼られたお値段表を指差してくれる。
小包2元。(約34円)
やすい。裏がありそうなほど安い。
あまりに安すぎる。このおじさんは、一体どんな企業努力を積まれていらっしゃるのか。
もしかして昔、うちは値上げしません!的なことを、大々的に発表しちゃったのだろうか。そしてその結果、今も30年前の価格で売らざるを得なくなっちゃった感じなのか。
しかし見る限り、おじさんも大変楽しそうにお仕事をされている。もしかすると、採算度外視で観光客との交流を楽しまれているのかも。
私たちもおじさんのご商売に貢献するため、大きな生姜糖を4つ購入する。(20元:約340円)そのお味は滑らかで優しく、伊勢神宮の生姜糖に負けない美味しさだ。
その生姜糖を歯に詰まらせながら歩いていると、またも魅惑の香りが漂ってくる。あぁどうやらこの街でも、ヤツを食べる時が来たようだ。
クダモノさんの青林檎から何も食べておらず、晩御飯まで少し時間もある。ここは街の記憶を深く刷り込むため、美味しい間食に興じよう。
じゅわわ…。
パチパチパチ…。
あぁ、ここは香りが最も弱い揚げタイプなのか。個人的には煮込みオンリータイプでも良かったが、流石は観光地だ。
観光客が食べやすい揚げタイプの方が、きっとよく売れるんだ。いやもしかしたら、魯迅が臭いものが苦手だった可能性もあるなぁ。
臭豆腐とは、なぜこれほど美味しいのか。
カリカリタイプで甘味噌を付ける、お菓子感覚のこの逸品。悶絶する陽朔の臭豆腐とは違い、こちらはお子様でもパクパクいける。
ただ臭豆腐マスターのもちことしては、圧倒的に臭みが物足りないらしい。一口ごとにまだまだだね…と、悪者っぽく呟いている。
さらにこちらも名物らしい、トロトロ大根の揚げ物もぱくり。野菜版蟹クリームコロッケといった雰囲気の、滑らかな舌触りが楽しい逸品だ。
野菜の甘みが凝縮され、表面のカリカリ感ともナイスタッグ。臭豆腐と合わせて20元(約340円)だが、お腹もほんのちょっと満たされた。
どうやらこの鲁迅故里は、比較的お財布に優しい観光地らしい。全価格が想定内で、鳳凰のような仰天価格で殴られることもないんだ。
その臭豆腐を片手に持ち、鲁迅故里の街並みをぶらり散策。今日の予定はまるでなく、ただこの街並みを満喫するだけ。
天候もすこぶる快晴で、お散歩神もご機嫌らしい。そう言えばこのバックパッカーで、雨に降られたのは一日だけだったかも。
ありがとう、お散歩神さま。このご恩はいつかきっと、着払いでお返しするからね。
そして流石は、歴史的美観地区。木造建築と緑が美しく、全てが中国伝統の建築美に包まれている。
さらに小さな運河には小舟も往来し、その風情も爆発している。何と素晴らしいお散歩コースなのだろう。
もしあの小舟で中国民謡の一つでも歌えば、きっと忘れられない思い出になる。この紹興という街、想像以上に最高の歴史景観だ。
せり出した巨大な樹木から感じる、歴史の長さ。きっと幼い魯迅も、あの木から川に飛び込んだりしたのだろう。
そして家に帰って、お母さんに怒られたのだろう。そして部屋で泣いていると、大好きなお爺ちゃんが、お饅頭でもそっと差し入れてくれたのだろう。
『お爺ちゃんも魯迅くらいの頃、よく飛び込んだものさ。』
そんな励ましを受けて、魯迅は偉大な小説家になったに違いない。感慨深いなぁ。
いやぁ、しかし美しい。この狭い運河と住宅のコントラストは、言葉を失うデザインセンスだ。
まるでRPGに出てくる秘境の様に、自然と街並みが融合する。ここで生まれていたら、私は天下無敵のかくれんぼマスターになっていた。
そして通りにはご年配が椅子に座り、にこやかに挨拶をしてくれる。きっと私を日本人だと思っておらず、こんにちはと中国語で話しかけてくれる。
さらにその足元には愛猫がおり、喉をゴロゴロを鳴らす。なんとも100点な光景に、この紹興の素晴らしさを痛感する。
そして散策をすること、1時間。
私たちは遂に、現代と過去が交錯する光景に出会う。それはまるで、東京の月島から眺めるスカイツリーと街並みのコラボ。
思わぬ美しさに迎えてくれた、魯迅の故郷である紹興の街並み。この街のお楽しみは、まだまだこれからだ。
そのお楽しみとは、いわゆる最高の酒飲み。紹興酒のメッカであるこの街で、へべれけになる義務があるんだ。
そしてそこで出会った中国人達は、いつまでも記憶に残った。それはこの国の素晴らしさを、何度も反芻する時間だった。
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